愛する人よ、そばにいて

先日、「彼女がちょっと手を入れたら、ベッドはきちんとベッドメイキングされたようになった」というような小説の一節を不意に思い出したのですが、出どころが思い出せない。そのときちょうど読み終えたばかりだった小説は秋田禎信原大陸開戦』とスティーヴン・キングスタンド・バイ・ミー』の二冊でした。後者より前者のほうが女性の登場人物が多いし(新潮文庫版『スタンド・バイ・ミー』には「スタンド・バイ・ミー」のほかにもう一篇収録されているのですが、それを考慮しても)、十二歳の少年たちが死体を探す話である「スタンド・バイ・ミー」に、気の利いた短いセンテンスで女性を描写しようとする場面があったはずがないと思って、『原大陸開戦』をぱらぱらめくったものの、さっぱり見当たらない。
けっきょく、『スタンド・バイ・ミー』のほうにありました。思い出したのは、正確には以下のような文章でした。

チコが鏡の前でなにもつけずに髪をとかしているところへ、女がトイレからもどってくる。とても品のいい女に見える。やわらかすぎる腹はジャンパーに隠れて見えない。女はベッドに目をやり、少し手を加える。毛布を広げただけだったベッドが、きちんとメイキングしたようになる。
「すごい」チコが言う。
女はちょっとてれくさそうに笑い、髪を耳のうしろにかきあげる。男の気をそそり、心に訴えるしぐさだ。

これは「スタンド・バイ・ミー」本編中の出来事を描いているのではなく、語り手であるゴードン・ラチャンスが長じてから書いた小説という設定で挿入される、学生時代のスティーヴン・キングの習作の一節です。この「スタッド・シティ」というタイトルの掌篇は、「うんざりするほどメロドラマティック」で「かわいそうなほど独創性に欠け、いたいたしいほど未熟な」、「経験が不足していると同時に、自身というものをもっていない若者の作品」(と、ラチャンス=キング自身が自己批評する)ですが、けっこう面白かったです。ラチャンス=キングによる述懐(さんざん批判したうえで、「しかし、これはわたしが書いたものの中で、自分の作品だと思える最初の小説だった」)を含めて。
スタンド・バイ・ミー」自体も面白かったです。映画化もされた有名すぎるほど有名な作品ですけど、とつぜんキングの習作が挿入されるなど、読む前のぼんやりとした想像は良い意味で裏切られました。映画版は小説を読んでからはじめて観たのですが、こちらはそれほどでもなかったかな……。