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隣室の中国人留学生(女)が帰国することになったという。来週末の飛行機で帰るらしい。本当は先月末には帰るつもりだったというのだが、3月の震災が日本からの出国ラッシュを引き起こし、そのためにチケットが取れずに1ヶ月よけいに日本で過ごすことになっていたのだそうだ。それがやっと帰れるわけだ。電話やネットの回線は3月で解約していたし、今週ついにガスも止めた。さて、ガスが止まってしまうと給湯器が使えない。給湯器が使えないとお湯が出ない。お湯が出ないとシャワーを浴びることができない。帰国するまでにはまだ1週間ある。こっちで続けていたバイトにはまだ出ないといけないしそうでなくてもきれい好きであるわたしは1週間も頭や体を洗わずに済ませることはできない。あなたがわたしの立場でもそう思うでしょう。そう思わないはずがない。わたしの立場になったあなたがそう思う以上あなたの立場にあるあなたであってもわたしの状況下にあるわたしがそう思うことを無下に否定するわけにもいかないのでありわたしの立場になったあなたがあなたである場合のわたしに望むようなことを今ここのわたしがあなたの状況にあるあなたに望むことはまったく了解可能なことだということをわたしが今のあなたの立場におかれているわたしであるのならば無論なんの疑問の余地なく正当化しうることは自明の理であると言わねばならない。あなたも、わたしも。わたしがあなたであった場合のあなたも。

などと、こうまで並べ立てられたわけではなく、むしろ言葉少なく遠慮がちに、明日から浴室を貸して欲しいと切り出されたのだが、夜の11時の来訪でそんなお願いされたら、小笠原流の作法に則っていたとしても、迷惑と感じてよいはずだと思う。たぶん小笠原流にシャワーを借りる場合の所作って制定されてないし。

「いやこの部屋に引っ越してから一度も掃除してないんでめちゃ汚いんですよ」と半笑いで告げたら、「ああ、それは、わかってましたから……」みたいなことをこちらを上回る半笑いでごにゃごにゃ言われたのにも、失礼だと思ってよかったはずだ。会話を切り上げる手立てもなくとりあえず渋っていたらなんだかいつのまにか、彼女の帰国の前日にご飯をいっしょに食べることになって、それがお礼ということで勝手に手を打たれたのだが、差し引きが釣り合っているとは思えない。失礼に感じたら断ってもよいのだと思う。等価が成り立たないなら交換は拒否してもよかったのだと思う。断らなかった。拒否しなかった。

ところで引っ越してから一度もこの部屋へ女性を上げたことはない(ああ、それは、わかってましたか……)。