やってなかった宿題
魔界探偵冥王星 O ホーマーの H (以下 H ) p8-9
女の背中の側に異変はない。もしかしたら従業員は、女に声をかけたかもしれない。もしもし。大丈夫ですか? 呼吸をしていないのは分かっていただろうが、専門家でもないのに断定する奴は専門家ではない。当たり前か。
閉鎖のシステム p78-79
目を見開いたまま、口を半開きにしたまま寝ている男。呼吸はしていない。死体と断定しても問題はないのだろうが、法的には、医師の診断なしに人間を死体だと決めることはできない。
つまりは、医師でない人間には、死体を発見することはできないということになる。警察に通報する義務もない。だって、それは死体なのかどうか分からないのだから。
H p11
もちろんあり得ないと、コメンテーターは主張した。こんな理屈だ。「考えてみてもくださいよ。人体で最も強靭な筋肉の塊、それが心臓です。肋骨に守られてもいます。心臓の外科手術だって大工道具のような器具を使うんですよ。それを素手で、しかも出血させないほどの一瞬で抜き出すなど、腕力的にも指の強度的にも不可能です。これは人間の手に酷似した機械か、道具を用いているということであって、犯人が素手で殺人をしているわけではない」
我が夢に沈め楽園(下) p93-94
「人間の身体ってのは、粘土と違うんだ。骨格があるし、場合によってはそれよりも強度のある筋肉がある。それを―しかも全部位で最も強固な部分のひとつである頭蓋骨から、縦割りにずんばらりなんてのは、猿だろうが人間だろうが熊だろうができる芸当じゃねえんだよ」
「で、でも――」
「まあ仮に、その猿がお前が言うみたいになにかの化け物で、それができるほどの膂力を持っていたとしてもだ、剣が耐えられるはずがない。もともと、大した出来じゃねえんだ、あの短剣は。お前の言ったようなことが可能なほどの力で振り回しても、刀身はともかく、柄の留め金が吹っ飛んで終わりさ」
H p15
(…)俺は束の間、それを思った。四本指の手がこれを開けた時もあったかもしれない。
束の間、か。
たまたまだが、それも可笑しくは思った。確か、四本指分の幅のことだ。
秋田禎信BOX 第二巻 p196
森を吹く風は冷たく、鋭く、有害ですらあり、だがそれがいかに剣難[ルビ:けんのん]であろうと思わず呑んでしまうほどに美しい。
H p53
奴がどこまで近寄ってくるかを、俺は内心で賭けていた。手の届く距離まで近づいてくることはあり得ない。そんな風に思っているからだ。【窓をつくる男】は残り四歩というところで立ち止まった。
ハンターダーク p198
「あっ。ハンター!」
駆け寄ってくる彼女を見ながら、ハンターはひとつの数字を思い浮かべた。1メートル64センチ。常にハンナはその距離ちょうどで止まる。何度か繰り返されるうち、この数値の根拠をハンターは理解するようになっていた。ハンターとハンナが同時に手を伸ばしても触れない距離だ。
H p97
負った傷の痛みが、手のひらから腕を伝わり、胸を苛んだ。
シャンク!!ザ・レイトストーリー vol.1 p167
正騎士が神に捧げるのは心臓より生える腕、左腕一本だった。彼らはその証として、左腕には決して武装しない。鎧すら、左腕に着けることはなかった。
H p117
「まだ減らず口はあるか!? 【冥王星O】ォォーッ!」
俺は叫び返す。
「そりゃそうそうなくなるもんじゃないさ!」
Redeemable Dream p226
「なにやってるの?」
リョウコが問うと、シムラはようやく瞬きした。
「検索している。今まで関わった案件」
「やめて。頭を休めてよ」
「働いてるのは電脳だ」
「その減らず口もやめて」
「減らないから減らず口なんだろう」
H p144
「私が見る限り、きみは【冥王星O】にとても馴染んでいる。きみ以外、あり得ないというほどにね。きみより能力のある【冥王星O】はいた。きみより強い【冥王星O】も。きみより賢い【冥王星O】もだ……きみより見栄えのいい【冥王星O】もたくさん。だが、きみが一番、馴染んでいる」
我が館にさまよえ虚像 p172
「俺になにがあると思った? 魔術の強さでいえば、フォルテにもティッシにも及ばない。精度では、コルゴンに勝てるかどうか自信はないな。生物的な限界をいえば、そうだな、逆立ちしたところでレキに勝てるわけはないな。ダミアン・ルーウは大陸でも最も優れた魔術士のひとりだろう。殴り合いの技術なら、ウィノナだってたいしたもんだ。剣ならロッティーシャに習うか? さて、俺になにがある?」
H p190-191
「一歩でも動けば撃つ。死ぬのはお前だ」
「それをしない限り、それは可能ではない。一体どうしたんだ。本当に随分と安いな」
Redeemable Dream p255
「所長が黙認するんなら、わたしは告発だってできるんですよ」
「しないだろう。君がその言い方をする時は、しないと白状しているのと同じだ。君は頭の良い子だ。やる時はやる。いちいち敵を脅したりせずにな」
シャンク!!ザ・レイトストーリー vol.1 p214
「もうひとつ。君が、ちゃんとした教えを受けた剣客じゃないことも分かった。必殺の機で仕掛けたと言いながら、抜いたのに殺さなかった。殺す気がない剣客は怖くない」
ゼロの交点(秋田禎信BOX 第三巻 p141)
「つ、通じないって。じゃあ……どうするんですか?」
不安げにうめくマジクに、オーフェンは淡白に告げた。
「どうにもならないかもしれねえな」
「そんなぁ」
「そんなもなにもあるか。しなきゃならんことをするのに、それができるかどうかなんぞ関係ねえ」
H p229
どうしたらいいかは分かりそうにないが、怪我の功名で分かったこともある。俺にとってはなんの役にも立たない謎の答えが。
H p230
車で町に帰るまで、俺たちは一言も言葉を交わさなかった。奴は上機嫌に鼻歌を止めようともしなかったし、俺は奴に言えない言葉をたくさん抱えていた。
我が呼び声に応えよ獣 p229
だがオーフェンは彼のせりふを聞いてもいなかったし、実のところ彼のことなど、どうでもよかった。バルトアンデルスの剣も、もうどうでもいい。
オーフェンにはようやく、このすべての馬鹿げた小細工が理解できはじめていた。
H p231
「どうして策を放棄したんだ?」
もちろんさほどの興味もなく、ただ訊いただけの問いだ。【窓をつくる男】の仮面に俺は視線を注ぎ、右手の包帯を確かめるふりをした。
「判断を間違っただけだ」
Redeemable Dream p306
「次はなにが来た?」
と、久島永一朗に問われるのは奇妙な気分ではあった――無論久島は、なんの気なしに口にしただけだろう。興味があるとも思えない。