夏目漱石「趣味の遺伝」

「趣味の遺伝」は、漱石自身がモデルと読める「余」が、日露戦争で戦死した友人「浩さん」の墓に参っていた謎の女性の正体を突き止めるという探偵譚だ。


この夢のようなありさまで五六分続けたと思ううち、たちまち頭の中に電流を通じた感じがしてはっと我に帰った。「そうだ、この問題は遺伝で解ける問題だ。遺伝で解けばきっと解ける」とは同時に吾口を突いて飛び出した言語である。
この言い方がまるで小市民シリーズの小鳩くんのようである(逆)。
面白いと思ったのが、最後あたりで「余」自らが言い訳しているのだが、友人の墓の前で謎の麗人とすれ違うまでの記述がやたらと精しくて長く、調査パートとその顛末が短い、ヘッドヘビーでいびつな構成になっていることだ。特に1節と2節の頭に置かれた戦地の情況の空想描写は、「この一篇の主意」からすると必要なのかどうか疑わしい(旗云々が「浩さん」の日記から想起させられたという文脈があるとしても)。といって、2節初めのまるで自然観察のような醒めた視線と「浩さん」への思い入れとが綯い交ぜになった書きぶりはこの話でもっとも読ませる部分なのだが。