血の温い動物らしくなく呼吸

「それそろ髪切ろうかなー」「かみきる? 舌をですか」「髪を切ろうかな、つったんだよ」「なんだ」「あ、噛み切るで思い出した」「はい?」「昨日の夜、布団に入ってからずっと考えてたことなんだけどね」「ていうか先輩また不眠気味なんですか」「うん。眠れないうちに、明るくなってきちゃうんだよね」「性格がですか」「外がだよ」「専門医への相談をおすすめしますね」「まあね。でももう不眠症とも付き合い長いからねー」「長いみたいですね」「不眠症多汗症は父親ゆずりだから」「で、不感症はお母様から遺伝されたんですよね」「違うわ!」「違うんですか」「俺も母も全然オーガズムに達してるっつうの……ねえ、自分の母親のオーガズムについて主張するのって変じゃない?」「変ですか」「親の性感の話はやめようよ」「じゃあ何の話しましょうか」「いや、噛み切ると遺伝の話がしたいんだけどね」「遺伝も関係するんですか」「うん。昨晩布団のなかで気づいたのは、俺の3親等以内の親戚に、何人か自殺した人がいるなーってことなんだけど」「はあ」「しかも父方にも母方にもいるんだよね」「……」「ウチって自殺する家系かなって」「……3親等って、曾祖父母やおじおばまでですよね」「そうだね」「曾祖父母って8人いるじゃないですか」「そうね」「そう考えると、3親等ってけっこう広くて、しかも自殺する人って毎年3万人いるわけじゃないですか」「いるね。つまり、3親等以内に何人か自殺者がいるのは別に珍しくないんじゃないかって話?」「そうです」「じゃあさ、君の親戚はどうなの」「うーん、私の家は父方も母方もあんまり親戚付き合いがないんでよくわかんないですけど。ていうか私自身があんまり実家へ帰ってないので」「ふうん、無縁社会って感じだね」「しょっぱくないってことですか」「無塩じゃねえよ。無縁って、エニシの縁だよ」「知ってました」「だよね。絶対わざとだと思った」「私みたいなのを、無縁社会っていうんですか」「いや、俺もよく知らないけど」「そういうのって、自分とは縁のない話だと思ってました」「無縁社会に無縁だったんだね」「マイナスのマイナスで有縁にならないもんでしょうか」「さあ」「まあ、とにかく、自殺する家系について考えて眠れなくなってるっていうのは……」「なんだよ」「専門医への相談をおすすめしますね」「いやいや」「頭髪の専門医に」「禿げてねえよ」「禿げてないですね」「禿げている人は、父方にも母方にもいないんだよ」「そんな自信満々に言われても」「父はまだふさふさだし、俺も髪が伸びるのが早いし」「髪伸びるのが早い人はエロいって言いますね」「言っただろ、俺は不感症じゃないって」「先輩がオーガズムに達していることは知ってました」「……知ってるっていうのも変じゃない?」「変ですか」